前回からしばし、時がたったが松本古本屋めぐりその2を書くことにする。春の気配がまだ遠い松本市、その日も寒い日だった。前日のように雪こそちらつくことはないが、冷たい風が体にたゆみなく吹き付ける。
その寒い中、風を切って午後三時過ぎ松本市中心部へと向かう。松本城の裏口から入り中を通り、表門から外へ出る。外堀で色とりどりの鯉に餌をやっている親子づれがいて和む。
堀へと一段下がった一畳ほどの広さの平坦な場所。そこは水面へ手を伸ばせば届くほど低くなっている。たくさんの鯉が三歳ぐらいの子供とその母親の前に集まって餌をねだっていた。
群れる鯉たちのあでやかな色が弱々しいながらも照りつける日差しにきらめいて美しかった。
表門を後にし、大名町通り南に進む。自転車道路をすいすいと進んでいく自転車に目を取られながらも歩く。数分後、青翰堂書店の前に立つ。
中に入ると1時間は使ってしまう夢空間。今回は別に行く場所があるので店の前にある古本屋ではおなじみともいえる均一棚だけをあさる。前回とは並びが変わっていた。
棚の一番上には、明治時代の書物やカラーコピーされた浮世絵などが置かれていた。明治時代の物を損傷が激しい外に置けるほどの相変わらずの品揃えには感嘆するしかない。
中央の棚には、左側には浮世絵とおぼしき絵が数十枚箱に入れられて積まれている。これはいくらだろうと思い、値段を確認したが一枚3000円だった。まあそれぐらいはするだろうと予想はしていたので納得した。右側には、切手が箱に入れられていた。
切手も専門の青翰堂書店ならではである。下の方には、美術書や山岳関係の本など雑多な種類の本があった。
ひととおり眺めた後、これという本がなかったので店を後にした。
次に向かったのは、パルコの地下にあるリブロである。そろそろ出るはずの購入予定の新刊があると思ったのだったが、あいにく見当たらず。しばし、店内をうろつく。すると、雑誌の棚にて『本屋さんに行こう』なる本を見つけた。中を拝見すると、本屋大賞に関連して組まれた書店員に聞く個人的My本屋大賞なる特集が面白い。
こうした他人のおすすめする本を知るのは自分が買う際の参考になる。レジへ持っていき決算してもらう。税込み780円。高いと見るかは人それぞれだろう。私にとってはそれだけの価値があると判断したということである。
さて、リブロを出ると五時過ぎ。だんだん暗くなってきている。どこかでカラスの鳴く声も聞こえる。パルコ隣の慶林堂書店は見送り、最後の店へ向かうことにする。
女鳥羽側沿いを歩くことしばし、移転した書肆 秋櫻舎に到着した。店を開いているかどうかは、案内もなく分からないが明かりが付いているので開いているらしい。
本当に開いているかどうか不安だったがとりあえずガラスの引き戸を開け中に入る。店内は前の店舗とは違い、きれいに整頓されていて古本屋らしくはない。足下に積まれた本はなく全てが棚に収まっている。床はコンクリートでその上に棚が置かれている。
店内を歩き好みの本を探す。棚は、それぞれジャンル分けされていた。宗教関係、文学関係、山岳関係、美術書、哲学、映画、漫画というように。
私が好きな分野は神道関係と古本屋に関する本である。古本屋の本で面白そうな本があった。○○古本屋古書目録と言うタイトルだったと思う。もちろん、古書目録そのものではなく、自慢の古本を古本屋さんが紹介するというものである。保存状態も良く装丁もすてきだったが、2000円ほどの値段で高いと感じたので購入を見送った。
その後も興味のある本を捜索。この瞬間がこのうえなく楽しい。自分好みの本をたくさんの本の中から探す、なんと贅沢なことだろうか。
外国書の翻訳本の棚で好きな作家であるG・ガルシア・マルケスの本、二冊を発見。これらの本にはいくつかあるバージョンがあるが、これらはどちらも新潮・現代世界の文学というシリーズの物である。状態も良かったので、このシリーズの『百年の孤独』と『悪い時』を購入。それぞれ2000円と1000円。合わせて3000円だった。
少し気になったのは、棚が埋まっていない部分があったことだ。不思議に感じた。買う際に、「こちらに移転したんですね」と話しかけてみた。それからしばらく店主とお話をした。
昔に比べて本は店では売れなくなったらしい。皆必要以上にお金を使わなくなったそうだ。今は、インターネット販売が主となっていて、倉庫には十万冊ほどの本があると聞いた。店頭の方はまだどんな品揃えにするか迷っているということだった。それで、棚が空いていたのかと納得した。
店に関わることになっていた芸術写真を専門とする娘さんは、神田の小宮山書店に写真分野の店員として就職したことになり流れたそうだ。どこの古本屋も本だけではなく幅広く、人がやっていない新しいことにチャレンジすることが求められる時代となったと言うことである。娘さんには活躍を願っている。
昔よりも困難な時代が来たということを語る店主だが、その目からは古本屋としての誇りとプライドを感じ取れ、飲み込まれた。いつの時代も力を失わない限り、進み続けられるのだとあらためて実感した。
そして書肆 秋櫻舎を後にし、帰路へつく。日が沈み寒さが増したように感じた。足早に進む。背中に背負ったリュックサックの重みが心地よいリズムを刻む。楽しい時間だった。この感動を届けてくれる古本屋さんにさらなる幸せを心の中で祈った。
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