日本人が英語ができない理由とその対策について

前に書いたレポートを載せておく。参考程度に見てもらえると嬉しい。


 現在、日本人は義務教育に入ると半ば強制的に英語を授業を通して学ぶことになる。小学生のうちは文法など堅苦しいことはなく簡単な疑問文や挨拶など会話形式というものに留まるが、中学生では文法事項やリスニング、長文読解などに入り、高校生では更に高度な文法や読解力を求められることになる。しかしながら、せっかく学んだ英語もその実態は実用というものには程遠く、歳を取るにつれて彼方へと忘却されてしまう。この原因は何であるのか、その解決策と共に考えたい。
 臼井恭弘は『外国語学習の科学−第二言語取得論』にて日本人が英語ができない理由は大きく分けて三つあると言っている。一つ目は言語間の距離が離れているということ、二つ目は動機づけの弱さ、最後に学習法の問題である。言語間の距離とは、母語と学ぼうとする言語が系統的に近しいか遠いかを表す語である。よって日本人の母語である日本語と英語では異なる語族に所属しているため学習の難易度が上がるということだ。二つ目の動機づけの弱さは、日本では英語が使えなくても生活には困らないので動機が弱いというものだ。一方、シンガポールやインドなどではより良い企業に勤めるためには英語が必須である。国によってそのような事情の差がある。三つ目の学習法の問題は、文法訳読方式に重きを置きすぎということだ。
 動機づけは一般的に二つに分けられるとされる。外国のことをよく知りたいという統合的動機づけと受験に役に立つ、金銭的利益を得るなどが目的の道具的動機づけである。どちらの動機づけが強いかは研究者の中でも人によって異なる。鈴木孝夫は『日本人はなぜ英語ができないのか』で明治維新後、西洋に追い付くために強い動機づけで英語を学び日本は技術力を向上させてきたが、日本が部分的には西洋を追い越してしまったため目標を失ってしまい動機が弱くなってしまったことを指摘している。
 結局、日本人が学んでいる英語の大半は受験のための英語でしかない。始めて実用という意味合いを持つのは大学生に入って研究目的で論文を読んだり、学会などで英語で発表する時である。社会人になってから仕事の関係で英語が必要になる人も中にはいるだろうが、ごく一部である。外国支社であっても、日本語で済ますことができる企業も多い。また、前述したように日本人は文法訳読方式に囚われている。このような弱い動機づけと受動的な態度が英語ができない日本人を生み出しているのだ。
 これを打開するためには、自分の考えを英語を使って主張するライティングと英語を耳から聞いて理解するリスニングに時間を割くべきだ。リスニングにより相手の主張を理解し、ライティングによってこちらの意見を組み立てアウトプットする。このような能動的な態度をとることが日本人には求められるだろう。
 更に付け加えるのならば、日本人の英語を学ぶ姿勢にも大きな問題がある。例を出すと、会話の練習をしているとき、間違えた英語を使うことを極端に嫌うことである。その傾向は特に欧米人の講師と話しているときに顕著である。間違いを避けるがあまり、考えすぎてコミュニケーションがとれなくなる。できないから学んでいるのだからそのような気遣いは不要であるにもかかわらずだ。それは日本人が欧米人に対して劣等感を未だに持っているからではないだろうか。英語にかかわらず言語というものは道具的な側面を持っている。意思を疎通させるための道具が使えないものであったのなら、錆びた包丁でしかない。
 英語を学ぶとき、私たちは何を目的としているのかを明確にしなければならない。アメリカに行きたい、英語で書かれている本を読みたい、何でもいい。目的が動機を産み、動機がやる気を産む。そのメカニズムを理解することが求められているのだ


・参考文献
臼井恭弘『外国語学習の科学−第二言語取得論』岩波新書、2010,5
鈴木孝夫『日本人はなぜ英語ができないのか』岩波新書、2010.9