はじめに
学会で札幌に来たところ、今回の北海道災害で被災した。これまでここまで被害を被った経験がなく、驚かされることばかりだった。しかしそもそも今回の旅は、地震より前から始まっていたのである。
9/4名古屋から札幌に飛行機で行くはずが
5日から札幌で地質学会があり、これに研究室メンバーと参加する予定だった。今回は第125回目の記念大会で学会としても気合が入っていた。
参加するために我々の多くは4日の夕方の便を取っていた。ところが、この日はなんとあの関西に大被害を出した台風が直撃した日である。案の定フライトはキャンセルになったのだ。去年の愛媛の地質学会も二日目が台風のため中止になり、またかとこの時は気落ちしていた。台風のせいか学会初日の人の入りはかなり悪かったそうだ。しかしこれは序章に過ぎなかったのである。
9/5新千歳に飛行機で何とか到着したものの
一日遅れの夕方の便で、新千歳空港に降り立った。そして電車で札幌へ向かおうとすると、悲痛な報告が待ち構えていた。そう飛行機の欠航にしたあの台風が、北海道にまで到達し線路を倒木などでふさぎ、札幌までの鉄道を不通にさせたのである。
他の交通機関であるバス、タクシーともに長蛇の列ができていた。さらに手をひねり出し、レンタカーを他のメンバーらと共に手配してなんとか札幌へ到達してホテルにたどり着いた。ここでもケチが付いた形だが、宿近くでジンギスカンを腹いっぱい食べ気を取り直したのである。そして二日目から参加の地質学会に向けて気合を入れなおした。
9/6未明の大地震
宿に帰り寝ていると、3時ごろとてつもない揺れが襲った。鳴り響くアラーム。中越地震を経験しているので、私は一瞬でこれがただごとではない地震であることが分かった。テレビを瞬時につけると、震源の情報と震度、それと被害の情報が続々と入ってきた。地震のメカニズムなどについて議論していた。一時間ほどで一通りの情報が入ったので皆でまた布団へと入りライトを消した。
それからすぐに、停電。エアコンも消え、冷蔵庫も音を止め外も暗くなった。このあたりから今日の学会は大丈夫なのかとも思い始める。停電したので、テレビで情報を得ることが困難になった。もちろん今の我々には携帯回線は生きていたからスマホがあるので能動的に調べれば情報を得ることは容易であった。
しかし、停電といってもすぐに回復するだろうとこの時は思っていた。
朝になっても復旧しない電気
朝になった。電気が止まっているので、高層階である我々の居室は断水した。近くの6時過ぎにセコマに行くともうすでに人の列ができていた。店内の品物はおにぎりなどはすでに売り切れており、やきそばやパスタなどの麺類とおかし、飲料水などだけしか残っていなかった。信号はすべて消えていた。
部分的に強行される地質学会
学会は、中止の発表がないまま様子を見るみたいな発表がホームページでなされていた。普通ならば朝の時点で中止にするだろうが、地質屋は普段から僻地で劣悪な環境下で調査をすることが多いのでこのくらいの変わった判断では動揺することはないが、どうなるかわからないので学会員にはやや不安広がっていた。
そして、午前中のうちにポスターセッションだけ午後にやることが発表された。当然電気もないので太陽光の中でポスターセッションが行われた。トイレもほとんど使えない状態である。また交通機関はすべて使えないので一時間くらいかけて徒歩で北海道大学まで移動した。信号が消えている風景とコンビニに殺到する人はこれは被災しているという気持ちにさせられた。ちなみに北大内は人が多くのどかな雰囲気だった。一方木がいくつも倒れており台風の爪痕が至る所に残っていた。同時期に電気学会が行われており、停電なのに電気学会とはとみな笑っていた。
ポスターセッション後、大学を出て移動手段、飲料水と今夜の食糧についてメンバーで協議した。移動手段は、タイムズのカーシェアを活用した。なぜか、利用者がそれほどおらず空いていた。車があれば携帯電話も充電できる。他の人も車で携帯などを充電していたようである。飲料水は札幌市内に配水所がたくさんあり、それほど問題なく手配できた。今夜のごはんは、夜になり大半の地域は暗いもののこのころには一部の地域で電気が通るようになっており、奇跡的に開いていた中華屋に駆け込み温かいご飯にありつけたのである。
また王将や個人経営の店など多くのところで無料あるいは有料でお店が炊き出しをやっていた。コンビニはセイコーマートだけは車を利用してレジの電力を確保して暗くなるまで開き続けていた。
午後ぐらいから携帯電波がつながりにくなり、今度は情報すら得られなくなりつつあった。同じキャリアでも通じる人と通じない人がいたので、情報を得る手段がなくなったわけではなかったが。
9/7朝4時過ぎ電気復活
続々と札幌市内でも電気復活したものの、すすきのにある我々のホテルは依然として停電したままであった。
それが朝の4時すぎになってついに復活し、みな飛び跳ねて喜んだ。ちなみにこの日の地質学会並びに次の日の巡検は中止になった。電気は北大でも復活したものの学会会場は節電要請により電気が止められたのが理由のようである。昨日はやったのに今日はポスターやらないのかとみな思ったに違いない。
セイコーマートは、一度に多くの商品が入荷しそのたびに人が殺到していた。ただ、一人一人が買う量は昨日から共通してそれほど多くはない。これは、比較的早く電気や物流が復活することを見越していたのかもしれない。
停電の影響などのよる交通や物流の乱れ
札幌などでは地震そのものよりも停電によるダメージが大きかった。スマホの電池問題、新千歳空港の使用不可。電車バスがマヒ。多くの旅客が札幌に閉じ込められることになった。たくさんの日本人、外国人が駅構内やホテル前に夜でも座り込んでいた。
その交通網の混乱は9/8.9と段階的に解消され、そうした人に姿もすでに8日には見られなくなっている。一方でコンビニではまだ商品が乏しい風景がよく見られ、正常化には当たり前だがまだ遠い。
8日の段階で荷物を送る手段が絶たれている。ゆうパックもヤマトも佐川も。郵便局も8日以前は閉じていたところがほとんどだった。
被災時に役に立ったあるいは立ちそうなもの
旅先であったのでたまたま持っていた、モバイルバッテリーが特に役に立った。暗闇では懐中電灯が必要だった。これは、夜間の移動時に信号が止まった街を歩くのに役立った。
水を汲みに行くときは空のボトルが必要なのであるといい。インスタント麺が作れるように、カセットコンロが欲しかった。断水したので携帯トイレがあるとよさそうだ。
デマなど
人づてに聞いたデマは、ここに行くと水や食料がもらえる。あるいは携帯電話が充電できるというものがあった。信用のない情報に踊らされた人がたくさんいたに違いない。
最後に
明日には札幌を離れる。ここまでまともに被災したのは初めてでしかも思いもよらない停電によるものだったので本当に驚き困った。まだ停電や断水しているところもあり、震源近くでは現在進行形で被害が続いている。一刻も早い復興を祈るばかりである。
地質学会は去年といい呪われているのではとみなで噂している。
このブログは札幌駅前の快活クラブで書いている.快活クラブのフラットシートは広く,ブランケットの無料貸出しもありおすすめである.フードメニューは地震の影響でカレー関係しかなかった.実は快活クラブに行く前に駅前のアイ・カフェに行ったのだが,そこは深夜は閉まっておりこれはネットカフェ全滅かと絶望していた.