前の記事の補足

彼らは高学歴だの補足

なぜこんなにも学歴コンプレックスを持っているのかというと,父親が旧帝出で,母親が国立大学,そして周りが大学関係者(東大,京大,北大などたくさん)という環境で育ったからという側面が強い.

だからそれなりに勉強を幼いときから強制されてきたし,期待もされていた.旧帝に行くぐらいが合格ラインみたいな感じだ.

色々あって高校ぐらいから環境が変わって,そういった呪縛から解放された.しかし,今もなお心のどこかではなく,思考のどこかに残り続けている.

ある意味,こういった学歴主義から解放されている人間は幸せだと思う.一方で自分がそこそこ中学まで真面目に勉強してきたおかげで,それなりの知識と規律をもって今いることもまた幸運なことだと認識している.本をたくさん読んだことで,硬い文章を論理的に書く技術が身についたし,勉強法もノウハウがある.前に進むためにやるべきことを洗い出す能力もある.

育った環境に人は影響される.自分はこれまでの環境に対して,文句はないし幸せだったと胸を張って言える.これは嘘ではない.しかし,どこかで劣等感はあるし,敷かれたレールから外れたことに対して後悔もある.だが,予想の通り生きていたとしてもそれが幸せかどうかは分からない.どこで躓くかは分からないからだ.

そして,こうして自分は生きている.生きていることは素晴らしい.ラッキーなことに最低限度の生活以上の生活をさせてもらっている.ただし,全ての人がこうした環境を貰えていないのは事実だし,人という存在では難しい問題だ.

こうした屈折を抱えつつも,この幸せな環境に感謝して生きていく.自分より最悪な人はいくらでもいるという考え方ではなく,他人への愛と共にね.