前に書いた進級論文略して進論の手引書を作りました.もしもあなたが地質の大学で進論をやることになったときお役に立てれば幸いです.進論がなんぞえという人はリンク先をどうぞ.
1. 序文
この手引き書は進論を有意義な物とするためのものです.ただでさえ大変な進論を少しでも負担を減らすために何ができるのかについて書いてあります.どうか役に立つように祈っています.
さて,多くの方はどこに何がでるのかなどネタバレを期待しておられるだろうが,この手引き書ではそれらについて書く気はまったくない.なぜなら,そのようなものを事前に知っていたとしてそれによって本来得られたはずの知識や技能が損なわれるのでは,進論へ行く意味が大きく薄れることとなるからである.すでにどこに砂岩や花崗岩など何が出ているのかを知っていることは,現地での調査をおろそかにする.そしてありもしない断層をあるかのように記載したり,実際に露頭を叩くことなく遠目で露頭を見ただけで記載するようになる.このような思い込みを生み,あなたの見立てをゆがめることとなるのだ.そして,できた結果もあなたが作ったものというよりも,データを借りているので他人との共同の物というオリジナリティが失われるものとなってしまう.
なぜ進論へ行くのか,それは魔法使いが武器を使ってはいけないのと同じくらい解釈が人によって分かれる.見解が違いすぎて混乱するかもしれないが,僕からも一つの見解を述べておこう.進論へ行くことは,卒論の予行練習であり地質科の学生として成長するための通らなければならない扉である.卒論で全員が地質調査をするわけではないが,半数以上の人はおそらく何らかの形で外へ出て調査をするだろう.その時,この進論の知識が大きく役に立つ.例えば,露頭の見方やスケッチ,記載,サンプルの取り方,ルートの引き方や地質図,柱状図などいちいち挙げていればきりがない.また,現地での調査だけでなくて,帰ってきてからのまとめの作業は,同じく卒論の書き方にきっと役に立つ.進論を経ることなしで,地質科を卒業したとは言えないだろう.それくらい大事なイベントなのである.通過儀礼といってもいい.
しかし,進論を重く考えなくとも良い.あくまでも,通過点であるのだからである.完璧を求める必要はない.初めてのことが多いのだから当たり前である.あなたの目で見たことを記載し,それを元に考えればいい.節度の範囲内で先輩や先生,友人に助言を求めてもいい.しかし結論を出すのはあなたである.それがどう評価されるかは第三者によってであるが,あなたが満足できるやったなと思えることを作り出せればいいのだ.人に過度に意見されることはない.理論的に妥当なやり方で作られた地質図や柱状図と言えど人間がやる以上100%の正解はない.自分自身のデータや解釈が全てである.そんな理論的に妥当な方法や形式で報告書や地質図などの求められる物を作ればいいのである.
最後に班のメンバーと協力して,人を思いやる心を最低限いつも忘れることなく,できれば楽しんで進論を行い無事最後の発表会までたどり着き単位を取れることを本当に心から願っています.
2. 進論に行く前 持っていたほうがいいもの,やっておいたらいいことを提案します
序文で疲れたので,くだけた感じで行きます.まず持って行ったらいいものです.
方眼紙.現地で柱状図を切るのに毎日使います.たくさんあったほうがいいです.
トレーシングペーパ−.なくてもいいですが,地形図からルートをトレースするのに便利です.発表会での手間を減らせます.
調査手帳.露頭情報を記載します.
地形図.5000分の1は当然持って行くと思いますが,一人5枚は持って行ったほうがいいです.絶対に足りなくなります.25000分の1を拡大して5000分の1にしたものは便利です.等高線が大きいので見やすいのが利点です.5000分の1は貼り付けて使うと思いますが,まず一回コピーしてできたそれらの複数の地図を貼り付け,再びコピーして一枚もしくは2枚にしておくと.貼り付ける手間が少なくなるので楽です.ただ何度もコピーを取っていると,等高線の主曲線がかすれて見えなくなるので,コピー回数は少ない方がベストです.
新聞紙.車の中に敷いて汚れるのを防いだりサンプルを包むのに便利です.それなりの枚数が必要.
色鉛筆,定規,プロトラクターあるいは分度器.柱状図,ルートマップの色塗りに使用.
サンプル袋.中に携帯など濡れてはいけないものを入れると良いです.なぜなら,鞄を浸水させる可能性があるからです.
「地質図学演習」「地質調査と地質図」,論文.鹿間(1954),氏原ほか(1988),宇井(1970)など.図学の本は柱状図や地質図を書く時にやり方をおさらいでき,「地質調査と地質図」は調査のやり方についてかなり詳しく書いてあります.
PC.写真を管理するのにあった方がいいです.その日のうちに写真を整理しないとどこの露頭で撮ったのか忘れます.これが致命的.余裕があるのならば写真を撮った時間を時間をルートマップに記載できれば最良です.
どうでもいいもの.卓球道具.体育館で遊べます.
次に行く前にやっておいた方がいいことです.
まず,論文を読みましょう.できれば原文を当たる方がいいですが,学習会でまとめられたものでも十分だと思います.自分の調査地域でどんな物が出るのかを知ることは大事です.これくらいは許されていると思います.大きな断層が地質図には載っているので,それを少しだけ頭に入れておきましょう.現地で見た物が何の層のものなのかを判断することは容易ではありませんが,地層の概略を知ることはその理解を円滑にします.氏原ほか(1988)がそこそこ読みやすいです.富草スラストメインの宇井(1970)もあります.また,日本の地質・中部編にも富草層群の記述があります.ただし,全ては自分たちで判断することで,論文の地質図は絶対ではありません.
次に,ルートを検討しましょう.尾根をいってもあまり意味がないので,谷をしっかりルートに入れます.道路沿いも重要なルートです.尾根は谷と谷を繋ぐためには必要ですが,余裕があればでいいです.このとき,調査範囲を隅々まで覆うそれぞれのルートを検討しますが,場合によっては他の斑の範囲と被るルートがあっても構いません.被っているルートは他の斑と共同で行くこともありです.次に,柱状図の書き方をおさらいしましょう.現地で毎日発表会がなぜかあるので,少年自然の家に帰宅してすぐその日のまとめをする必要があります.このとき,誰か一人でも班のメンバーが柱状図が書けないと,かなり揉めますし諍いの元になります.公平な班内での分担分けができません.最後に,クリノメーターの使い方が分からない人がいたら浅間にでもいって練習しましょう.柱状図と同じく,全員ができないと役割分担でいざこざになります.
3. 進論調査期間中の過ごし方
0日目.先生との巡検です.花崗岩とか新木田層,富草スラストを見ます.基盤と富草層群との不整合は,見ておくと調査地域の現場で見たときにこれが不整合だと判断する材料になります.スラストは花崗岩との境界を引くとき必要になるので,判断できたほうがいいのですが,まあこれが断層なのか破砕されているな断層粘土があると観察できればいいかと思います.後で0日目も別にレポートを書くので写真を撮っていた方がいいです.
1日目以後.朝起きて掃除をしての繰り返しでだんだん嫌気がしていきます.朝方に習慣を矯正した方がいいのですが,まあ気合いでどうにかしましょう.帰ってくると疲れているので,ベットに入るとすぐに眠りにつきます.快眠快眠.朝,ご飯食べてから手早く準備をしましょう.車の中では汚れないように新聞紙を敷いた方が良いです.車乗る前に,靴脱いでサンダルにでもなるのがベストなのです.
さて現場に着きました.靴履いて,荷物を持ちました.弁当も入れた.さあ沢などに入ります.ここで,やっておかなければならないのは分担分けです.全員が記載していると効率が非常に悪いのが理由です.斑ですので,そのメリットは最大限生かしましょう.3人斑ならば,1人目ルートマップ,調査手帳に記載する.2人目,ハンマーで石を割ったり露頭を見たり,クリノメーターで走向傾斜を測る.3人目,写真など.まあ臨機応変に役割の変更も必要ですけど,人には向き不向きがありますのでそれを踏まえて分担をしましょう.全部一人でやっているとだんだんいやになってきます.
さて現場での記載についてです.地調法と同じで一つの露頭ごとにゆっくりやっていると思いますが,はっきりいってそれだと終わりません.一番最初調査1日目はそれでも構いませんが2日目からはスピードアップ.一日で短い沢ならば最低一つは制覇しましょう.全ての露頭を詳細にスケッチしているときりがありません.スケッチは岩相が大きく違うや断層,不整合など地層境界となっているところなど重要な露頭で取りましょう.だいたいやることは露頭に着いて,全体を確認,掘ったり叩いて粒度や化石の有無,堆積構造などを見ます.断層の有無,あったらその特徴や走向傾斜,礫ならば径 (Max,平均),礫種,インブリケーション,基質など記載することをルーティーンワーク化します.この調査のやり方については,「地質調査と地質図」を読んでおくと漏れがありません.そうしてルートマップや手帳に記載してその日が終わり少年自然の家に帰ってきます.
少し休憩して今度はまとめです.発表用には今日行ったルートマップと全体図,柱状図などがいります.ルートマップは前述したトレーシングペーパーで使って転写して発表用のものを作るのもいいでしょう.とにかく,手早くルートマップを清書して,色鉛筆で色塗りをして,さらにはできるのならば柱状図も作る.ついでに写真の整理も.これをしっかり分担分けしてやります.平等に役割を分けないとわだかまりを生むので注意します. 発表では,その日行ったルートがどこか分からないと怒られますので,調査地域の全体の地形図にその日行ったルートを書いておきます.柱状図の色塗り分けは丁寧でないと突っ込まれますし,曖昧な表現だと怒られます.見てきたことやできた柱状図について分かりやすく説明しましょう.質問にはあなたが見てきたことだけを答えましょう.あやふやなことや変な解釈を言うと相手の疑問を大きくします.そうして,だんだんとデータが集まってくると斑によっては岩相分布図や地質図が書けたりするところも出てきますが,マイペースにあなたたちのベストをつくしましょう.変に焦ってぎすぎすする必要はないですが,空気を読むスキルが必要です.
予定通り行かなければ計画を見直したり,予定にない沢を先生などからの助言に従ってルートに入れたりと臨機応変に対応しましょう.こっそり聞くと先生は重要そうな場所やルートを教えてくれるかもしれません.毎日遅くまでやっていると,気が滅入ります.ですので中日を設けて休んだり,たまには作業を切り上げて早く寝ましょう.根を詰める必要は時としては必要ですが,いつもそういうわけではありません.自分たち,班のメンバーを信じましょう.そうして日々過ごしていくといつの間にか最終日です.
全体としては,調査が終わると後悔することが出てきます.しかし,時間が限られているのでしょうがないことです.一番怖い斑としての崩壊を避けるために,本文で何度も何度も触れているように誰か一人に負担を押しつけることなく平等に,そして空気を読んで人を思いやって最後まで過ごしましょう.本当に,このスキルは重要です.
4. 進論調査期間の終わりという名の始まり 帰ってきてからの話
進論の調査期間が終わりました.けれど,まだ地質図も柱状図も報告書もあります.さてどうすれば上手くいくのかという話です.
現地で調査してきたデータから岩相分布図と地質図を作りますが,その過程で各ルート(沢など)の柱状図をつくり対比させる事が必要です.各沢柱状図を対比させるわけです.指標となる凝灰岩層,化石が含まれているか,岩相などさまざまなことを比べます,そしてその地域の総合的な柱状図を作るわけです.また,1枚の調査地域全体のルートマップに露頭情報を書き込む作業もあります.これがかなりめんどくさいです.そのルートマップ上の情報を中心として岩相・地層の境界や走向傾斜のデータなどを使い岩相分布図,地質図を作っていきます.
この時,初めのうちは25000分の1を5000分の1に拡大した物を使ってもいいです.この方が等高線が見やすいという利点があります. 最初の内は,走向傾斜のデータを使い図学で引いても上手く岩相分布図,地質図が引けません.しかし,試行錯誤しているとだんだんとどういう分布をしているのか分かるようになります.本当に不思議なのですが,ずっと同じことについて考えていると調査地域のことならばなんでも分かるようになる模様です.
走向傾斜が分布に微妙に合わないということがあるのですが,結局のところ測るときに5度くらいは誤差が出る物ですし,どこの露頭で測るかで微妙にデータが変わるので大局的な視点でみましょう.データもまた未熟な僕らがやるわけですから,常に正しい訳ではありません.特に走向と傾斜のデータ.地層の広がりの方向と傾きを示すわけですが,これが明らかにおかしいと思うあてにならない箇所が出ます.どう考えても測ってはいけないところ,つまり走向傾斜が狂っているで取っているということです.これはしかたないことです.これを予防するには信頼性の低いデータには現場で?をつけるなど方法があります.
最後は,あなたが見た物を記載したルートマップを信じましょう.3〜4週間ほど格闘してようやくできた地質図などの結果をもとに地質調査演習調査報告書を書いてひとまずは終わりです.報告書なんですが,最終日に書くと本当にしんどいので(経験者は語る),最低でも二日前には取りかかりましょう.先行研究と,各説だけは前に書いておいた方がいいです.後,0日目のレポートも.言葉遣いなどは,先生が後でアップロードしてくれる注意事項やルールを読んで気をつければ問題ないです.カンマとピリオドは,日本語入力の設定で点と丸から変更すると後で直す必要がありません.後で,検索して置換してもいいですが.
地質調査演習調査報告書は決して他の人のをまねをしないこと.かつて,単位剥奪になりかけたことがあります.本当にしちゃ駄目.
さて発表会ですが,記憶があまりない.言えることですが,全てのスライドにはそれぞれタイトルをつける.時間通りに収まるように予行練習をする.はきはきとしゃべるなどでしょうか.進論で分かった結果を,スライドに載せて説明できれば問題ないと思います.後,総合柱状図の花崗岩との不整合の書き方は突っ込まれるので注意です.花崗岩が上位の地層に斜めににょろにょろと進入していると突っ込まれます.
5. 最後に
つらつらと書いてきました.進論は大きな壁ですがきっと乗り越えられます.一気に超えるのではなく,階段を一歩一歩登っていくというのがイメージしやすいと思います.この手引き書が少しでも力となって,一人一人が満足できる進論となることを願っています.
6. 文献
鹿間時男(1954)長野県南部の第三紀層富草層群について.横浜国立大学理科 紀要,第二類,生物学・地学,3pp,71-108.
田中邦雄(1977)阿南町の化石,長野県下伊那郡阿南町教育委員会.
宇井啓高(1970)長野県下伊那郡阿南町に分布する中新世,富草積成盆地の構 造.地質学雑誌,vol.75,no.3,131-142.
氏原温・柴田浩行・伊奈治行・若松尚則・細谷光也・津島孝子・細野隆男・斎 藤毅(1988)長野県南部の富草層群の層序と中新世古地理.瑞浪市化石博物 館報告,no.14,13-30.
鹿間先生と宇井先生の論文はネットJstageなどでダウンロードできる.