ライトノベルという呼称すらなかった時代から年月を経て、様々な時代を代表する傑作が生まれながら今に至り、今のライトノベルは2つに分けることができるようになったと思う。
一つは、地の文をできるだけ省き、会話文を極端に多くした作品。難しい言葉遣い、漢字をできるだけ省き、テンポを良くすることで読みやすさを重視する。代表としては、『僕は友達が少ない』『俺の彼女と幼馴染が修羅場すぎる』。以後、俺修羅タイプと呼ぶ。
もう一つは、地の文の量は前者に比べて多く、一般小説に近い作品。一般小説と違うところは、登場人物がライトノベル的な特殊な才能、職業なりを持った人物であることが多いところだ。裏社会に通じているや喧嘩が異様に強いなど。その部分で違いがある。代表例は『神様のメモ帳』。以後、こちらを神メモタイプと呼ぶ。
俺修羅タイプは、『俺の彼女と幼馴染が修羅場すぎる』の登場によって完成されたと僕は考えている。そして、この作品の構成を真似した作品はコンスタントに出ていって、元祖的なものになるのではないかと推測する。一方、神メモタイプの方は今もなお作品数から見るとメインストリームであり続けている。余程のことがない限り俺修羅タイプによって放逐されることはないだろうし、若干の変動はあるだろうがメインストリームに留まるだろう。その理由は、このタイプに慣れ親しんだ人が多いため、自然に受け入れられる人が多いからだ。
今のライトノベルはこの2つに分けられるが、これ以後新しいタイプが出てきたり、片方のタイプがもう片方を追いやるかもしれない。流行り廃りが早いライトノベルにあって意外な作品が変化を産むキーになることも考えられる。